Ethers.jsとは?Web3フロントエンド開発におけるメリット、使い方、技術選定のポイント
Web3アプリケーションのフロントエンド開発において、ブロックチェーンとの連携は不可欠です。ユーザーのウォレット接続、トランザクションの送信、スマートコントラクトの状態読み取りや関数呼び出しなど、これらの操作を実現するためには、JavaScriptライブラリが中心的な役割を担います。数あるライブラリの中でも、Ethers.jsは多くの開発者に選ばれており、そのモダンな設計と使いやすさから注目を集めています。
この記事では、技術リーダーやプロジェクトマネージャーの皆様が、Web3フロントエンド開発におけるEthers.jsの導入を検討する際に役立つ情報を提供いたします。Ethers.jsがどのようなツールであるかという基本的な説明から、具体的な使い方、実際のプロジェクトでの活用事例、そして技術選定の際に考慮すべきポイントまでを詳しく解説いたします。
Ethers.jsの概要
Ethers.jsは、イーサリアムおよびイーサリアム互換ブロックチェーンとのインタラクションを容易にするためのJavaScriptライブラリです。主にWebブラウザ上のフロントエンドアプリケーションや、Node.js環境でのオフチェーンスクリプト開発に使用されます。
Ethers.jsは、以下の主要なコンポーネントで構成されています。
- Provider (プロバイダー): ブロックチェーンのデータ(ブロック情報、トランザクション、残高、イベントログなど)を読み取るための抽象化レイヤーです。特定のノード(Infura, Alchemy, ローカルノードなど)に接続し、データのクエリを行います。
- Signer (サイナー): アカウント(ウォレット)に紐づいており、トランザクションやメッセージに署名する機能を提供します。ユーザーの秘密鍵に直接アクセスすることなく、ブラウザのウォレット拡張機能(MetaMaskなど)やハードウェアウォレットを介して安全に署名を行うことができます。
- Contract (コントラクト): デプロイされたスマートコントラクトとインタラクションするためのインターフェースを提供します。コントラクトのABI(Application Binary Interface)とアドレスを使用して、コントラクトの状態を読み取ったり、関数を呼び出して状態を変更するトランザクションを送信したりすることができます。
これらのコンポーネントを組み合わせることで、開発者は複雑なRPCメソッドの呼び出しを意識することなく、直感的かつ安全にブロックチェーンとの連携を実装できます。
Ethers.jsの主要機能と基本的な使い方
Ethers.jsを使用することで、以下のようなブロックチェーン操作を効率的に実装できます。ここでは、それぞれの基本的な使い方をコード例とともにご紹介します。
ブロックチェーンからのデータ読み取り(Provider)
Providerは、ブロックチェーンの公開データを取得するために使用します。残高の取得やトランザクションの確認などが行えます。
import { ethers } from "ethers";
// InfuraなどのRPCエンドポイントURLを指定してProviderを作成
const provider = new ethers.JsonRpcProvider("YOUR_RPC_URL");
async function getBalance(address) {
try {
// 指定したアドレスのETH残高を取得
const balance = await provider.getBalance(address);
// 残高はWei単位で取得されるため、Ether単位に変換して表示
console.log(`Balance of ${address}: ${ethers.formatEther(balance)} ETH`);
} catch (error) {
console.error("Error fetching balance:", error);
}
}
// 例: 特定のアドレスの残高を取得
getBalance("0x..."); // 取得したいアドレスを指定
ウォレット連携とトランザクション送信(Signer)
Signerは、秘密鍵が必要な操作(トランザクション送信、署名)に使用します。通常、ユーザーのブラウザ拡張機能(MetaMaskなど)から取得します。
import { ethers } from "ethers";
// ブラウザ上のウォレット(例: MetaMask)からProviderを取得
// プロンプトでユーザーに接続許可を求める場合があります
const provider = new ethers.BrowserProvider(window.ethereum);
async function sendEth(toAddress, amount) {
try {
// ProviderからSignerを取得
const signer = await provider.getSigner();
console.log("Sending Ether with account:", await signer.getAddress());
// 送信するEtherの量をWeiに変換
const amountWei = ethers.parseEther(amount);
// トランザクションを作成して送信
const tx = await signer.sendTransaction({
to: toAddress,
value: amountWei,
});
console.log("Transaction hash:", tx.hash);
// トランザクションがブロックに含まれるまで待機
const receipt = await tx.wait();
console.log("Transaction confirmed in block:", receipt.blockNumber);
} catch (error) {
console.error("Error sending Ether:", error);
}
}
// 例: 0.1 ETHを特定のアドレスに送信
// sendEth("0x...", "0.1"); // 送信先アドレスと量を指定
スマートコントラクトとのインタラクション(Contract)
スマートコントラクトの関数を呼び出したり、イベントをリッスンしたりする際にContractオブジェクトを使用します。ABIとコントラクトアドレスが必要です。
import { ethers } from "ethers";
// コントラクトのABI(一部抜粋)
const contractABI = [
"function name() view returns (string)",
"function symbol() view returns (string)",
"function balanceOf(address owner) view returns (uint256)",
"function transfer(address to, uint256 amount) returns (bool)",
"event Transfer(address indexed from, address indexed to, uint256 value)",
];
// デプロイされたコントラクトのアドレス
const contractAddress = "0x..."; // デプロイされたコントラクトアドレスを指定
// ブロックチェーンのデータを読み取るためのProvider
const provider = new ethers.JsonRpcProvider("YOUR_RPC_URL");
// Read-only コントラクトインスタンスの作成(データの読み取り用)
const tokenContract = new ethers.Contract(contractAddress, contractABI, provider);
async function getTokenInfo() {
try {
const name = await tokenContract.name();
const symbol = await tokenContract.symbol();
const balance = await tokenContract.balanceOf("0x..."); // 残高を取得したいアドレスを指定
console.log(`Token Name: ${name}`);
console.log(`Token Symbol: ${symbol}`);
console.log(`Balance: ${ethers.formatUnits(balance, 18)}`); // トークンのdecimalに応じて変換
} catch (error) {
console.error("Error getting token info:", error);
}
}
// トランザクションを送信するSigner(状態変更用)
// const signer = await new ethers.BrowserProvider(window.ethereum).getSigner();
// Writeable コントラクトインスタンスの作成(状態変更用)
// const writableTokenContract = new ethers.Contract(contractAddress, contractABI, signer);
// async function transferToken(toAddress, amount) {
// try {
// const amountWei = ethers.parseUnits(amount, 18); // トークンのdecimalに応じて変換
// const tx = await writableTokenContract.transfer(toAddress, amountWei);
// await tx.wait();
// console.log("Token transfer successful!");
// } catch (error) {
// console.error("Error transferring token:", error);
// }
// }
// 例: トークン情報を取得
// getTokenInfo();
// 例: トークンを転送 (要Signerとユーザー操作)
// transferToken("0x...", "100"); // 送信先アドレスと量を指定
これらの基本的なコンポーネントと使い方を理解することで、様々なWeb3アプリケーションのフロントエンドロジックを実装できます。
Ethers.jsの活用事例
Ethers.jsは、幅広いWeb3アプリケーションのフロントエンド開発で活用されています。以下にいくつかの典型的な事例を挙げます。
- DApps (分散型アプリケーション): 最も一般的な利用例です。ユーザーがウォレットを接続し、スマートコントラクトとインタラクションするためのUIを構築する際にEthers.jsが使用されます。トークンの送受信画面、NFTの表示・売買機能、DeFiプロトコルへの資産預け入れやスワップ機能などを実装できます。
- ウォレットインターフェース: 既存のウォレットと連携するだけでなく、カスタムのウォレットインターフェースを開発する際にも使用できます。アカウント作成(ニーモニック生成)、残高表示、トランザクション履歴表示などの機能に利用されます。
- ブロックチェーンデータの可視化: 特定のアドレスのトランザクション履歴や、スマートコントラクトのイベントログを取得し、ユーザーフレンドリーな形式で表示するダッシュボードや分析ツール。
- エンタープライズ用途: 企業のWebサイトにブロックチェーンベースの機能を組み込む場合。例えば、顧客向けのロイヤリティポイントをオンチェーンで管理し、それをウェブサイト上で表示・交換可能にするシステムや、デジタルアセットの認証・管理インターフェースなどです。Ethers.jsを使えば、既存のウェブインフラとブロックチェーンの連携をスムーズに行えます。
- オフチェーン処理との連携: Node.js環境でEthers.jsを使用し、サーバーサイドでブロックチェーンのデータを定期的に取得したり、条件に基づいてトランザクションを生成・署名したりする自動化スクリプトにも活用できます。
これらの事例は、Ethers.jsが単なるブロックチェーンとの接続ライブラリではなく、多様なビジネス要件に応じた柔軟な開発を可能にするツールであることを示しています。
技術選定のポイント:Ethers.js vs Web3.js
Web3フロントエンド開発ライブラリとして、Ethers.jsと並んでよく知られているのがWeb3.jsです。どちらを選択すべきか、技術リーダーやプロジェクトマネージャーは判断を求められます。以下に両者を比較し、Ethers.jsを選定する際のポイントを挙げます。
| 特徴 | Ethers.js | Web3.js (v1.x以降) | 選定ポイント | | :------------- | :----------------------------------------- | :--------------------------------------------- | :----------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------- | | 設計思想 | モダン、モジュール志向、TypeScriptフレンドリー | 歴史が長い、機能網羅的 | 最新の開発パラダイムやTypeScriptによる型安全性を重視するかどうか。新規プロジェクトではEthers.jsが好まれる傾向があります。 | | API | 直感的で一貫性がある | 非同期処理にやや癖がある箇所がある | 開発チームのJavaScript/TypeScriptのスキルレベルと、よりモダンなAPIを好むかどうか。Ethers.jsはPromiseベースでawaitとの相性が良いです。 | | 型安全性 | TypeScriptで書かれており型定義が豊富 | 型定義ファイルは別途用意する必要がある場合が多い | 大規模プロジェクトや、開発者のエラー削減、コードの保守性を重視する場合、Ethers.jsのTypeScriptサポートは大きなメリットです。 | | セキュリティ | ウォレットとの連携機能が分離・洗練されている | 機能が多岐にわたる | 特にSigner周りの設計はセキュリティに直結します。Ethers.jsは秘密鍵管理と署名機能がProviderから分離されており、より安全な設計と評価されています。 | | バンドルサイズ | Web3.jsより小さい傾向がある | やや大きい | フロントエンドアプリケーションのロード時間やパフォーマンスを重視する場合、Ethers.jsの軽量性は有利です。 | | ドキュメント | 質が高く分かりやすいと評価されている | 機能は網羅されているが、分かりにくさの指摘もある | 開発効率に大きく影響します。新しい機能の学習や問題解決の際に、質の高いドキュメントは重要です。 | | コミュニティ | 活発 | 非常に活発(歴史が長い) | 問題発生時の情報収集や、ライブラリの継続的な開発・メンテナンスの観点から、コミュニティの規模と活発さは重要です。 |
Ethers.jsが適しているケース:
- 新規のWeb3フロントエンド開発プロジェクトを開始する場合。
- TypeScriptを積極的に利用しており、型安全性を重視したい場合。
- モダンで直感的なAPIを持つライブラリを好む開発チーム。
- アプリケーションのパフォーマンス(特にバンドルサイズ)を最適化したい場合。
- ウォレット連携機能を安全かつスムーズに実装したい場合。
Web3.jsが適しているケース:
- 既存のWeb3.jsベースのプロジェクトを拡張・メンテナンスする場合。
- 過去の資料やコード例が豊富であることを重視する場合。
- 非常に多様な機能(例えば、古いバージョンのイーサリアムクライアントAPIへの対応など)を網羅的に必要とする場合。
技術選定においては、開発チームの既存スキル、プロジェクトの具体的な要件、将来的な拡張性、そしてライブラリのメンテナンス状況などを総合的に判断することが重要です。Ethers.jsはそのモダンな設計から、特に新規のフロントエンド開発において有力な選択肢となり得ます。
Ethers.js導入のメリット・デメリット
メリット:
- モダンで使いやすいAPI: 非同期処理との相性が良く、直感的にコードを書けます。
- TypeScriptサポート: 型安全な開発が可能で、エラーを早期に発見しやすくなります。
- 優れたドキュメント: 公式ドキュメントが丁寧で分かりやすく、学習コストを抑えられます。
- セキュリティ設計: Signer周りの設計が洗練されており、安全性が高いと評価されています。
- 軽量性: バンドルサイズが比較的小さく、フロントエンドのパフォーマンス向上に貢献します。
デメリット:
- 歴史の差: Web3.jsに比べると歴史が浅いため、古い資料やStack Overflowの回答数は少ない可能性があります。(ただし、近年はEthers.jsに関する情報も非常に増えています)
- 機能網羅性: Web3.jsが持つ一部のマイナーな機能は提供されていない場合があります。(ただし、多くの一般的なユースケースには対応しています)
これらのメリット・デメリットを踏まえ、プロジェクトの特性に合致するかどうかを検討してください。
まとめ
Ethers.jsは、Web3フロントエンド開発においてブロックチェーンとのインタラクションを効率的かつ安全に行うための強力なJavaScriptライブラリです。モダンなAPI、優れたTypeScriptサポート、そしてセキュリティを考慮した設計は、特に新規プロジェクトや、品質と保守性を重視する開発チームにとって大きなメリットとなります。
Web3.jsという強力な競合が存在しますが、それぞれの特性を理解し、プロジェクトの具体的な要件やチームのスキルセットに合わせて最適なライブラリを選択することが、成功への鍵となります。この記事が、皆様の技術選定の一助となれば幸いです。Web3開発は日々進化していますので、今後もEthers.jsを含む関連ツールの動向に注目していくことが重要です。