The Graphとは?DApps開発における効率的なデータ取得と活用事例、技術選定のポイント
はじめに:DApps開発におけるデータ取得の課題
Web3アプリケーション、特に分散型アプリケーション(DApps)の開発において、ブロックチェーン上に記録されたデータの取得は重要な要素です。しかし、ブロックチェーンの性質上、過去の特定のイベントを効率的に検索したり、複雑な条件でデータをフィルタリングしたりすることは容易ではありません。スマートコントラクトの直接呼び出しや、ブロックチェーン全体の逐次的なスキャンは、多くの場合、非効率で時間のかかる処理となります。これにより、ユーザーインターフェースのレスポンスが悪化したり、開発が複雑になったりする課題が生じます。
このような課題を解決するために登場したのが、ブロックチェーンデータのインデックス作成プロトコル「The Graph」です。The Graphは、ブロックチェーン上のデータを整理し、効率的にクエリ可能な状態にするためのインフラストラクチャを提供します。
The Graphとは?
The Graphは、ブロックチェーンデータを整理し、簡単にアクセスできるようにするための分散型プロトコルです。イーサリアムやIPFSなどのネットワーク上で動作し、開発者は「Subgraph」と呼ばれるオープンAPIを構築することで、必要なブロックチェーンデータをインデックス化し、GraphQLを使用してクエリを実行できるようになります。
これにより、DAppsは高速かつ効率的にブロックチェーンからデータを取得し、リッチなユーザーインターフェースや高度な機能を提供することが可能になります。
The Graphの仕組み
The Graphの主要なコンポーネントは以下の通りです。
- Graph Node: ブロックチェーンをスキャンし、Subgraphの定義に従って関連イベントを検知し、インデックス化されたデータを保存するノードソフトウェアです。
- Subgraph: 特定のスマートコントラクトからどのデータをどのようにインデックス化するかを定義する仕様です。スキーマ定義(GraphQL Schema)、マニフェストファイル(データソース、イベントハンドラ定義)、マッピングコード(イベントデータをGraphQLスキーマに変換するロジック、AssemblyScriptで記述)で構成されます。
- Graph Explorer: 公開されているSubgraphを検索、閲覧し、GraphQLクエリを実行してデータをテストするためのWebインターフェースです。開発者はここで自身のSubgraphをデプロイ・管理することもできます。
- 分散型ネットワーク: The Graphは現在、中央集権的なホステッドサービスと分散型ネットワークの両方で提供されています。分散型ネットワークでは、Indexer(インデックス作成者)、Curator(Subgraphの信頼性評価者)、Delegator(Indexerへのステーク委任者)といった役割が協調してプロトコルを運営し、GRTトークンをインセンティブとして利用します。
開発者はSubgraphを作成し、Graph NodeまたはGraph Explorerを通じてデプロイします。デプロイされたSubgraphは、定義に従ってブロックチェーンデータを監視し、インデックス化を進めます。DAppsは、このインデックス化されたデータに対してGraphQLエンドポイントを通じてクエリを発行し、必要なデータを効率的に取得します。
The Graphの主な特徴とメリット
The GraphをDApps開発に導入することで得られる主なメリットは以下の通りです。
- データ取得の効率化: ブロックチェーンを直接クエリするよりもはるかに高速に、特定のイベント履歴や集計データなどを取得できます。ユーザー体験の向上に直結します。
- 開発の生産性向上: Subgraphとしてデータ取得ロジックを集中管理できるため、DAppのフロントエンドやバックエンドはシンプルにGraphQLクエリを発行するだけで済みます。開発者はデータの取得方法ではなく、そのデータの活用方法に集中できます。
- 標準化されたデータアクセス: GraphQLという広く普及しているクエリ言語を使用するため、異なるブロックチェーンやコントラクトのデータであっても、統一された方法でアクセスできます。
- 多様なデータのインデックス化: ERC-20トークンの転送履歴、NFTの所有権変更、DeFiプロトコルでの資産の出し入れなど、スマートコントラクトが発行する様々なイベントデータをインデックス化できます。
- 分散化のオプション: ホステッドサービスから分散型ネットワークへの移行により、単一障害点のリスクを低減し、検閲耐性のあるデータレイヤーを構築できます。
具体的な活用事例
The Graphは、幅広い分野のDAppsで活用されています。代表的な例をいくつかご紹介します。
- DeFiプロトコル:
- 特定のウォレットアドレスの過去の取引履歴(スワップ、イールドファーミング、レンディングなど)の表示。
- 流動性プールやステーキングプールの現在の状態、過去の変動履歴の追跡。
- プロトコル全体のTVL(Total Value Locked)や取引高の集計と表示。
- 例: Uniswap, Aave, Compoundなどがデータ取得にThe Graphを利用しています。
- NFTマーケットプレイス:
- ユーザーが所有するNFTの一覧表示とその詳細情報(画像、属性、過去の売買履歴)。
- 特定のコレクションのフロアプライスや取引量の追跡。
- マーケットプレイス全体の出品状況や販売実績の集計。
- 例: Foundation, SuperRareなどが利用しています。
- GameFi/Web3ゲーム:
- ゲーム内アセット(NFT)の所有状況、取引履歴。
- プレイヤーのゲーム進行状況や実績の追跡。
- ゲーム経済圏におけるトークンやアイテムの流通状況。
- DAO(分散型自律組織):
- ガバナンス投票の履歴や結果の追跡。
- DAOが管理する資産のトランザクション履歴。
これらの事例に共通するのは、ブロックチェーン上の生データから、アプリケーションが必要とする形式の情報を効率的に抽出し、表示することです。The Graphは、このデータ変換と提供のレイヤーを担い、DAppsのユーザー体験と開発効率を大幅に向上させています。
技術選定のポイント
DApps開発においてThe Graphを導入するかどうか、またどのように利用するかを検討する際には、以下の点を考慮することが重要です。
- データ取得の要件: アプリケーションが必要とするデータが、特定のイベントログの履歴参照や、複数のトランザクションを跨いでの集計など、複雑なクエリを必要とするかどうか。シンプルに最新のコントラクト状態を取得するだけであれば、The Graphが不要な場合もあります。
- 開発リソース: Subgraphの開発には、GraphQLスキーマの定義、AssemblyScriptでのマッピングコード記述などのスキルが必要です。チームの経験や学習コストを考慮する必要があります。
- 運用方法: The Graphには、Graph Foundationが運営する「ホステッドサービス」と、分散型ネットワーク上でインデクサーに委任する「分散型サービス」があります。
- ホステッドサービス: 導入が容易で開発初期段階に適していますが、中央集権的な性質を持ち、無料枠を超えるとコストが発生します。
- 分散型サービス: 真の分散化と検閲耐性を提供しますが、GRTトークンのステーキングや運用に関する考慮が必要であり、導入・運用コストが高くなる可能性があります。プロジェクトの規模や分散化への要求レベルに応じて選択します。
- 他のデータ取得方法との比較:
- JSON-RPC直接呼び出し: 最新のコントラクト状態取得には有効ですが、過去イベントのフィルタリングや集計には不向きです。
- カスタムインデクサー: 独自のサーバーを立ててブロックチェーンを監視・インデックス化する方法です。完全にカスタマイズ可能ですが、開発・運用・スケーリングのコストが非常に高くなります。The Graphはこれらの課題を解決するためのプロトコルです。
- コミュニティとドキュメント: The Graphは広く普及しており、活発な開発者コミュニティと充実したドキュメントがあります。これは開発中の問題解決や情報収集において大きなメリットとなります。
メリット・デメリット
メリット:
- ブロックチェーンデータの高速かつ効率的なクエリが可能
- DApps開発におけるデータ取得ロジックを集中管理し、開発効率を向上
- GraphQLによる標準化されたデータアクセス
- ホステッドサービスと分散型ネットワークの選択肢がある
- 幅広いユースケースに対応し、豊富な活用事例がある
デメリット:
- Subgraphの設計・開発に一定の学習コストがかかる
- リアルタイム性の要求が高いデータ(例:マイニングされたばかりのブロックに含まれるトランザクション)の取得にはレイテンシが発生する可能性がある(インデックス作成に時間がかかるため)
- 分散型サービスを利用する場合、GRTトークンの管理や運用ノウハウが必要になる
まとめ
The Graphは、DApps開発におけるデータ取得の非効率性という本質的な課題に対する強力なソリューションです。ブロックチェーンデータを効率的にインデックス化し、GraphQLを通じて提供することで、開発者はより迅速に、よりリッチなユーザー体験を持つアプリケーションを構築できます。
技術リーダーやプロジェクトマネージャーの皆様がThe Graphの導入を検討される際は、開発するDAppのデータ要件、チームのリソース、そして運用に関する考慮事項を総合的に評価することが重要です。ホステッドサービスでPoCを進め、その後分散型ネットワークへの移行を検討するなど、段階的なアプローチも有効でしょう。
The Graphは、Web3エコシステムにおいてデータの活用を推進する基盤技術として、今後もその重要性を増していくと考えられます。