WalletConnectとは?Web3開発におけるウォレット連携の重要性、メリット、活用事例、技術選定のポイント
はじめに:Web3アプリケーションにおけるウォレット連携の課題
Web3アプリケーション(DApps)開発において、ユーザーがブロックチェーン上の資産や機能を利用するためには、必ずウォレットとの連携が必要となります。ウォレットはユーザーの秘密鍵を安全に管理し、トランザクションの署名やブロックチェーンとのやり取りを仲介する重要な役割を担っています。
しかし、数多くのウォレットが存在し、デスクトップブラウザの拡張機能、モバイルアプリ、ハードウェアウォレットなど、その形態も多様です。開発者は、これらの異なるタイプのウォレットと安全かつ効率的に接続するための標準的な方法を必要としていました。また、ユーザーにとっても、利用したいDAppと自分のウォレットを簡単に、そして秘密鍵のリスクを最小限に抑えながら接続できる仕組みが求められています。
このような背景から登場したのが、ウォレット連携プロトコルであるWalletConnectです。
WalletConnectとは?ウォレットとDAppをつなぐ安全な架け橋
WalletConnectは、モバイルウォレットやデスクトップウォレットとWebアプリケーション(DApps)を安全に接続するためのオープンなプロトコルです。秘密鍵がDApp側に決して漏洩することなく、ウォレットアプリ内でトランザクションの署名要求などをユーザーが確認・承認できる仕組みを提供します。
プロトコルの主要な仕組みは、QRコードのスキャン(デスクトップDAppからモバイルウォレットへの接続)またはディープリンク(モバイルDAppからモバイルウォレットへの接続)を通じてセッションを確立し、そのセッション上で暗号化されたメッセージをリアルタイムに交換することです。このメッセージングには、パブリックなリレーインフラストラクチャが利用されます。
WalletConnectプロトコル自体はウォレットでもDAppでもなく、両者が通信するための「言語」と「ルール」を定義するものです。これにより、プロトコルを実装した任意のウォレットと任意のDAppが相互に接続できるようになります。
Web3開発におけるWalletConnectの主なメリット
WalletConnectを開発プロジェクトに導入することで、以下のような多岐にわたるメリットを享受できます。
高い相互運用性
WalletConnectプロトコルは多くの主要なウォレットに実装されており、Ethereum、Solana、Polygon、Arbitrum、Optimismなど、EVM互換チェーンを含む様々なブロックチェーンネットワークに対応しています。これにより、開発者は特定のウォレットやチェーンに依存することなく、幅広いユーザーベースにリーチできます。
ユーザーフレンドリーな接続フロー
デスクトップDAppからモバイルウォレットへの接続はQRコードをスキャンするだけで完了し、モバイルDAppから別のモバイルウォレットへの接続はディープリンクをクリックするだけで済みます。このように直感的で簡単な接続プロセスは、Web3初心者を含む多くのユーザーにとって利用障壁を大きく下げます。
強固なセキュリティ
WalletConnectの最も重要な特徴の一つは、セキュリティモデルです。秘密鍵は常にユーザーのウォレットデバイス内に保持され、DApp側に公開されることはありません。DAppからのトランザクション署名やメッセージ署名要求はウォレットアプリに安全に送信され、ユーザーはウォレット上でその詳細を確認し、自身の意思で承認または拒否できます。これにより、フィッシングや悪意のあるDAppによる秘密鍵の不正利用リスクを大幅に低減できます。
実装の容易性
主要なプログラミング言語やフレームワーク向けに、使いやすいSDK(Software Development Kit)が提供されています。これにより、開発者はプロトコルの詳細を深く理解せずとも、比較的容易にアプリケーションにウォレット連携機能を組み込むことができます。React、Vue、Angularなどの一般的なフロントエンドフレームワークとの統合も容易です。
マルチチェーン対応の柔軟性
WalletConnect v2.0以降は、複数のブロックチェーンネットワーク上でのセッションを同時に管理する機能が強化されました。これにより、複数のチェーンにまたがる機能を持つDAppや、ユーザーが利用するチェーンを自由に選択できるアプリケーションの開発がより柔軟に行えるようになりました。
WalletConnectの具体的な使い方(開発者視点)
WalletConnectをWebアプリケーションに統合する際の基本的な流れと、必要なコーディングの概念を説明します。通常、フロントエンドのJavaScript/TypeScript環境でSDKを利用して実装します。
1. SDKのインストールと初期化
まず、プロジェクトにWalletConnect SDKをインストールします。
npm install @walletconnect/modal-sign-react @web3modal/wagmi @wagmi/core ethers viem
# または yarn add ...
次に、アプリケーションの初期化時にWalletConnectクライアントおよび関連ライブラリ(例: Wagmi、Ethers/Viemなど)を設定します。この際、プロジェクトIDなどの設定が必要になります。
import { createWeb3Modal } from '@web3modal/wagmi/react'
import { walletConnect, injected, coinbaseWallet } from '@wagmi/connectors'
import { configureChains, createConfig } from '@wagmi/core'
import { mainnet, polygon, optimism, arbitrum } from '@wagmi/core/chains'
import { publicProvider } from '@wagmi/core/providers/public'
// 1. Choose your chains
const { chains, publicClient } = configureChains(
[mainnet, polygon, optimism, arbitrum],
[publicProvider()]
)
// 2. Create wagmiConfig
const metadata = {
name: 'My Web3 DApp',
description: 'My Web3 DApp Description',
url: 'https://my-dapp.com', // your dapp url
icons: ['https://my-dapp.com/favicon.ico'] // your dapp icon
}
const wagmiConfig = createConfig({
chains,
transports: chains.reduce((obj, chain) => ({ ...obj, [chain.id]: publicClient }), {}),
connectors: [
walletConnect({ projectId: 'YOUR_PROJECT_ID', metadata }),
injected(),
coinbaseWallet({ appName: metadata.name, appUrls: [metadata.url] })
]
})
// 3. Create modal
createWeb3Modal({ wagmiConfig, projectId: 'YOUR_PROJECT_ID', chains })
// アプリケーション内で wagmiConfig を利用してプロバイダー等を設定
YOUR_PROJECT_ID
は、WalletConnect Cloudで取得したプロジェクトIDに置き換える必要があります。
2. ウォレットへの接続
ユーザーが「ウォレットを接続」などのボタンをクリックした際に、WalletConnectモーダルなどを表示して接続を開始します。SDKが提供するconnect
メソッドなどを呼び出すことで、QRコードの表示やディープリンクへのリダイレクトが行われます。
3. アカウント情報とチェーンの取得
接続が完了すると、ユーザーのウォレットアドレスや現在接続しているブロックチェーンのチェーンIDなどの情報を取得できます。この情報を用いて、UIの表示を更新したり、ユーザーに合わせたデータ取得を行ったりします。
4. トランザクション署名・送信
ユーザーがトランザクション(例: トークン転送、スマートコントラクト呼び出し)を実行する場合、DAppはトランザクションデータを準備し、SDKを通じてウォレットに署名要求を送信します。ウォレットアプリ上でユーザーが内容を確認・承認すると、署名済みのトランザクションがDAppに戻され、DAppはこれをブロードキャストしてブロックチェーンに送信します。
import { useSendTransaction } from 'wagmi'
import { parseEther } from 'viem'
function SendTransaction() {
const { data: hash, sendTransaction } = useSendTransaction()
return (
<button onClick={() => sendTransaction({ to: '0x...', value: parseEther('0.01') })}>
Send 0.01 Ether
</button>
)
}
上記はWagmiを使った例ですが、Ethers.jsなど他のライブラリでも同様のフローで署名要求を行います。
5. メッセージ署名
特定の操作(例: オフチェーンでの認証)のためにメッセージに署名する必要がある場合も、同様にSDKを通じてウォレットにメッセージ署名要求を送信します。
6. イベントハンドリング
ウォレットとの接続切断やアカウント・チェーンの変更といったイベントをリッスンし、適切にアプリケーションの状態を管理することも重要です。
これらのステップを通じて、DAppはユーザーの秘密鍵に触れることなく、安全にブロックチェーン操作を実行できるようになります。
WalletConnectの活用事例
WalletConnectは、その汎用性の高さから多岐にわたるWeb3プロジェクトで採用されています。
- DeFiプロトコル: Uniswap、Aave、Curveなどの主要な分散型金融(DeFi)プラットフォームの多くはWalletConnectを統合しており、ユーザーはモバイルウォレットから簡単に資産の預け入れ、借り入れ、スワップなどの操作を行えます。
- NFTマーケットプレイス: OpenSea、LooksRareなどのNFTマーケットプレイスでも利用されており、ユーザーはウォレットを接続してNFTの閲覧、購入、出品などを行えます。
- Web3ゲーム: Axie Infinity、Decentralandなどのブロックチェーンゲームでも、ゲーム内アセットの管理やトランザクションのためにWalletConnectが利用されています。
- DAO(分散型自律組織): 投票や提案作成など、DAOのガバナンス活動に参加する際にウォレット接続が必要な場面で利用されています。
- クロスチェーンアプリケーション: 複数のブロックチェーンを扱うアプリケーションにおいて、異なるチェーン上のウォレット接続をWalletConnect一つで実現しています。
- エンタープライズ領域: 特定のビジネスアプリケーションにおいて、ユーザーがセキュアにデジタル資産を利用したり、ブロックチェーン上の記録にアクセスしたりするためのインターフェースとして検討・導入される事例も見られます。
これらの事例は、WalletConnectがユーザー体験の向上とセキュリティ確保の両立に貢献し、Web3アプリケーションの普及を後押ししていることを示しています。
技術選定のポイント:WalletConnectを採用すべきか?
Web3アプリケーション開発においてウォレット連携の方法を検討する際に、WalletConnectは強力な候補となりますが、プロジェクトの要件に応じて他の選択肢と比較検討することが重要です。
WalletConnectが適しているケース
- 幅広いウォレットへの対応が必要な場合: 多くの異なるウォレットを利用する多様なユーザー層をターゲットとしているプロジェクトに最適です。
- デスクトップとモバイル間の連携を重視する場合: QRコードスキャンによる接続は、特にデスクトップブラウザDAppとモバイルウォレット間の連携において非常にスムーズな体験を提供します。
- セキュリティを最優先する場合: 秘密鍵がDAppに公開されないアーキテクチャは、セキュリティリスクを最小限に抑えたいプロジェクトにとって大きなメリットです。
- マルチチェーン対応を必要とする場合: 複数のブロックチェーンネットワークを扱うアプリケーションに適しています。
考慮すべき点と比較対象
- 中央集権的なリレーサーバー: WalletConnectプロトコルは分散型ですが、デフォルトではWalletConnect社が提供するリレーサーバーを利用します。高い可用性が求められるエンタープライズユースケースなどでは、自身でリレーサーバーを運用するか、他のプロトコルを検討する可能性もあります。
- ユーザー体験のトレードオフ: ウォレットアプリでの承認ステップが必要なため、DApp内でシームレスに完結するInjected Provider(例: MetaMaskブラウザ拡張機能)に比べると、ステップが多く感じるユーザーもいるかもしれません。ただし、これはセキュリティとのトレードオフです。
- 他のウォレット連携アプローチ:
- Injected Provider: MetaMaskなどのブラウザ拡張機能型ウォレットが提供するAPIを直接利用する方法です。実装は比較的容易ですが、対応ウォレットが限定されます。
- キー管理ソリューション: Web3AuthやMagic Linkのように、MPC(Multiparty Computation)やAbstraction Accountを利用して、秘密鍵管理をユーザーから抽象化し、EメールやSNS認証などでウォレットを利用可能にするサービスです。こちらはウォレットそのものの体験を変革するアプローチであり、よりWeb2に近いユーザー体験を目指す場合に適しています。
- 特定のウォレットSDK: Coinbase Wallet SDKなど、特定のウォレットが提供する独自のSDKを利用する方法です。そのウォレットの機能に特化できますが、相互運用性は限定されます。
WalletConnectは、多くの一般的なWeb3アプリケーションにとって、高いセキュリティと幅広い相互運用性を両立させる現実的かつ強力な選択肢と言えます。プロジェクトのターゲットユーザー、必要なセキュリティレベル、開発リソース、そしてサポートしたいウォレットの種類などを総合的に判断し、最適なウォレット連携戦略を策定することが重要です。
まとめ:Web3開発におけるWalletConnectの役割
WalletConnectは、モバイルおよびデスクトップの様々なウォレットとWebアプリケーションを安全かつ簡単に接続するためのデファクトスタンダードとも言えるプロトコルです。秘密鍵の安全性を確保しつつ、ユーザーにストレスの少ない接続体験を提供することで、DAppsの普及と利用促進に貢献しています。
多様なチェーン、多様なウォレットが存在する現在のWeb3エコシステムにおいて、WalletConnectのような相互運用性の高いプロトコルの存在は、開発者がアプリケーションの提供範囲を広げ、より多くのユーザーに価値を届ける上で不可欠です。
技術選定においては、WalletConnectが提供するメリット(高い相互運用性、セキュリティ、実装容易性、マルチチェーン対応)をプロジェクトの要件と照らし合わせ、他のウォレット連携アプローチと比較検討することで、最適なソリューションを選択できるでしょう。今後もWalletConnectプロトコルは進化を続け、Web3のユーザー体験と開発効率の向上に貢献していくことが期待されます。