Web3のスケーラビリティを解決するレイヤー2開発ツールと戦略:代表例、活用事例、技術選定のポイント
Web3のスケーラビリティを解決するレイヤー2開発ツールと戦略
ブロックチェーン技術、特にEthereumのような主要なネットワークは、分散性、セキュリティ、透明性といった独自の価値を提供しますが、同時に深刻なスケーラビリティ問題に直面しています。ネットワークが混雑すると、トランザクション処理速度が低下し、ガス代(取引手数料)が高騰するため、ユーザーエクスペリエンスが悪化し、多くのアプリケーションにとって実用的ではなくなります。この課題を解決するために注目されているのが、レイヤー2(L2)ソリューションです。
本記事では、Web3開発におけるレイヤー2ソリューションの重要性とその開発戦略に焦点を当てます。主要なL2の種類、開発に必要なツールやプラットフォーム、そして実際の活用事例を通して、技術リーダーやプロジェクトマネージャーが適切な技術選定を行い、プロジェクトの成功に繋げるための情報を提供します。
レイヤー2ソリューションとは何か?なぜ必要か?
レイヤー2ソリューションは、既存のブロックチェーン(レイヤー1、例: Ethereum)の外部でトランザクションを処理し、その結果のみをレイヤー1に記録することで、スケーラビリティを大幅に向上させる技術です。これにより、レイヤー1のセキュリティと分散性を維持しつつ、より多くのトランザクションを高速かつ低コストで処理することが可能になります。
レイヤー2が必要とされる背景には、以下の課題があります。
- 高いトランザクションコスト(ガス代): レイヤー1のネットワーク手数料は、需要に応じて大きく変動し、特にイーサリアムでは数ドルから数百ドルに達することもあり、マイクロペイメントや頻繁な操作を伴うアプリケーションには不向きです。
- 低いトランザクション処理能力: レイヤー1は設計上、1秒あたりのトランザクション数(TPS)に限界があり、DeFi、ゲーム、NFTなどのアプリケーションの普及に伴い、ネットワークが混雑しやすくなります。
- ユーザーエクスペリエンスの低下: トランザクションのファイナリティ(確定)に時間がかかり、頻繁な操作が困難になるため、ユーザーにとって使いにくいと感じられることがあります。
レイヤー2はこれらの課題を克服し、Web3アプリケーションの実用性を高めるための不可欠な要素となっています。
主要なレイヤー2ソリューションの種類
レイヤー2にはいくつかの主要な種類があり、それぞれ異なる技術アプローチと特性を持っています。技術選定において、これらの違いを理解することは非常に重要です。
1. Rollups (Optimistic Rollups & ZK Rollups)
現在最も主流となっているL2ソリューションです。トランザクションをオフチェーンで実行し、そのバッチ処理の結果を圧縮してレイヤー1にポストします。
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Optimistic Rollups:
- デフォルトでは全てのトランザクションが正当であると「楽観的に」仮定します。
- 不正なトランザクションがあった場合、一定期間内に誰かが不正を証明する「不正証明(Fraud Proof)」を提出することで、そのトランザクションを無効にします。
- この不正証明期間があるため、L2からL1への資産の引き出し(Withdrawal)に時間がかかる(通常1週間程度)という特徴があります。
- 代表例: Arbitrum, Optimism
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ZK Rollups:
- オフチェーンでトランザクションを実行する際に、その正当性を証明する「ゼロ知識証明(Zero-Knowledge Proof)」を生成し、レイヤー1にポストします。
- 証明によってトランザクションの正当性が検証されるため、不正証明期間が不要であり、L2からL1への引き出しがOptimistic Rollupsよりも高速です。
- ゼロ知識証明の生成には高い計算リソースが必要ですが、技術進歩により実用化が進んでいます。
- 代表例: zkSync, StarkNet, Polygon zkEVM
2. Plasma
トランザクションをオフチェーンの「Plasmaチェーン」で処理し、一定間隔でコミットメント(状態のハッシュなど)をレイヤー1に記録します。不正行為があった場合に備え、ユーザーは自分の資産をレイヤー1に戻すための「Exitメカニズム」を持っています。仕組みが複雑で、汎用的な計算(スマートコントラクト)には不向きな場合があります。
3. State Channels
参加者同士が直接オフチェーンで何度もトランザクションを交換し、最後に合意した最終状態のみをレイヤー1に記録する技術です。参加者間の事前チャネル開設が必要であり、参加者以外はそのトランザクション履歴を知ることができません。ゲームやマイクロペイメントなど、特定の参加者間でのやり取りが多いユースケースに適しています。
レイヤー2開発における課題
レイヤー2上での開発には、レイヤー1(特にEthereum)の開発とは異なる、あるいは追加の考慮事項が存在します。
- ネットワークの選択: どのL2ネットワークを選択するかは、プロジェクトの要件(コスト、速度、セキュリティモデル、EVM互換性など)に大きく依存します。
- 開発ツールと環境: 選択したL2に応じたSDK、開発フレームワーク、テスト環境が必要です。EVM互換性が高いL2(Optimistic Rollupsや一部のZK Rollups)では既存のEthereum開発ツール(Hardhat, Foundryなど)が利用しやすい一方、EVM互換性が低いL2では専用のツールが必要になる場合があります。
- ブリッジの実装: L1とL2間で資産やデータを移動させるためのブリッジの実装と管理が必要です。これはセキュリティ上も重要なコンポーネントです。
- オラクルとインデクシング: L2上で動作するDAppsがオフチェーンデータにアクセスしたり、オンチェーンデータを効率的にクエリしたりするためのインフラストラクチャ(Chainlinkのようなオラクル、The Graphのようなインデクサーなど)のL2対応が必要です。
- 監視とデバッグ: L2固有のログ収集、トランザクション追跡、エラー監視の仕組みが必要です。
- ユーザーエクスペリエンス: L2特有の操作(ブリッジング、特定ウォレットのサポートなど)をユーザーに分かりやすく提供する必要があります。
主要なレイヤー2開発ツールとプラットフォーム
レイヤー2開発をサポートするツールは、大きく以下のカテゴリに分けられます。
1. 特定レイヤー2ネットワーク向け開発キット(SDK/Framework)
各L2ネットワークは、それぞれのチェーン上でのスマートコントラクト開発、デプロイ、フロントエンド連携を容易にするためのSDKや開発者ツールを提供しています。
- Arbitrum Orbit: Arbitrumのエコシステム内で、独自のカスタマイズ可能なL3チェーンを構築するためのフレームワークですが、L2上での開発にも関連ツールが利用されます。
- Optimism SDK / op-geth: Optimismネットワークとのやり取りや、アプリケーション開発を支援するSDKや、Optimism固有のgeth実装。
- zkSync Era SDKs: zkSync Era(EVM互換ZK Rollup)向けのJavaScript/TypeScript SDK、Python SDKなど。コントラクトのデプロイや、アカウント抽象化に対応したトランザクション構築に利用されます。
- StarkNet Cairo / StarkNet.js: StarkNet(Cairo VMを使用するZK Rollup)はEVMとは異なるため、専用のスマートコントラクト言語Cairoと、JavaScript/TypeScriptライブラリStarkNet.jsなどのツールが必要です。
- Polygon SDK / Polygon PoS Client: Polygon PoSチェーン(厳密にはL2ではないが、L2ライクなスケーリングを提供)や、Polygon zkEVMなどの開発ツール。
2. レイヤー2対応の一般的なWeb3開発ツール
既存のWeb3開発ツールも、多くのL2ネットワークに対応を進めています。
- 開発環境・フレームワーク (Hardhat, Foundry): これらのローカル開発環境は、RPCエンドポイントを設定することで、Polygon PoS, Arbitrum One, Optimismなどの主要なL2ネットワーク上でのコントラクトテストやデプロイに対応できます。L2固有のプラグインが提供される場合もあります。
- ノードインフラプロバイダー (Alchemy, Infura): これらのサービスは、主要なL2ネットワークのRPCエンドポイントを提供しており、L2上で動作するDAppsがノードを運用することなくチェーンにアクセスできるようになります。レイヤー1と同様の信頼性の高いインフラを利用できる点は大きなメリットです。
- フロントエンドライブラリ (Ethers.js, Wagmi): これらのライブラリは、ProviderやSignerの設定を変更することで、ほとんどのEVM互換L2ネットワークに対応できます。マルチチェーン対応が容易になります。
- データインデクシング (The Graph): The Graphは、主要なL2ネットワーク上のデータをインデクシングするためのサブグラフ開発に対応しており、DAppsからの効率的なデータクエリを可能にします。
3. ブリッジツールとサービス
L1とL2間の資産移動は多くのDAppsで必須となる機能です。
- 標準ブリッジコントラクト: 各L2プロジェクトは公式のL1-L2ブリッジコントラクトを提供しています。DAppsはこれらのコントラクトを介して資産を移動させます。
- ブリッジSDK/API: ブリッジ操作をアプリケーションに組み込むためのSDKやAPIを提供するサービスもあります。
- 第三者ブリッジサービス: Connext, Hop Protocol, cBridgeなどの第三者ブリッジは、異なるL2間やL1-L2間で資産を移動させるためのサービスを提供しており、ユーザー体験を向上させます。これらをDAppsに統合することも可能です。
レイヤー2開発の具体的な活用事例
レイヤー2ソリューションは、様々な分野で実用化が進んでいます。
- DeFiプロトコル: Uniswap (v3 on Arbitrum/Optimism/Polygon), Aave (on Arbitrum/Optimism/Polygon), Synthetix (on Optimism) など、多くの主要DeFiプロトコルがL2へデプロイされ、ユーザーは低コストかつ高速な取引を享受しています。高頻度なスワップやファーミングなどが現実的になりました。
- ゲーム・NFT: Axie Infinity (Ronin Network), Immutable X など、特定のゲームやNFTマーケットプレイス向けにカスタマイズされたL2(またはサイドチェーン)が構築され、大量のゲーム内トランザクションやNFTミント/取引を処理しています。これにより、ゲームプレイ中のガス代負担がほぼゼロになり、ユーザー体験が大幅に向上しています。
- エンタープライズ利用: 企業が特定のビジネスプロセス(例: サプライチェーン追跡、デジタル権利管理)にブロックチェーンを導入する際、L2ソリューションを活用してプライベートまたはコンソーシアムチェーンとして構築し、高い処理能力と低コストを実現する事例も出てきています。
- ソーシャルメディア/コミュニティトークン: RedditのCommunity Points (Arbitrum Nova) のように、大規模ユーザーベースを持つアプリケーションが、ユーザーへの報酬やインタラクションにL2トークンを利用し、ガス代なしで少額取引を可能にしています。
レイヤー2技術選定のポイント
プロジェクトに最適なレイヤー2ソリューションと関連ツールを選定する際には、以下の要素を総合的に考慮する必要があります。
- プロジェクトの要件:
- スケーラビリティ要求: どの程度のトランザクション処理能力が必要か?
- コスト感: ユーザーにとって許容できるトランザクションコストはどの程度か?
- セキュリティモデル: 不正証明期間(Optimistic)が許容できるか、即時性が重要か(ZK)? L1からのExitの安全性は?
- EVM互換性: 既存のSolidityコードやEthereum開発ツールを流用できるか? または新しい開発環境(Cairoなど)を受け入れられるか?
- 機能要件: アカウント抽象化、特定のPrecompile、カスタム機能が必要か?
- レイヤー2ソリューションの特性:
- 技術成熟度と実績: そのL2ネットワークは十分にテストされ、本番稼働しているか?
- セキュリティ: 証明メカニズム、ブリッジ、オペレーターの信頼性は?
- 分散性: オペレーターの数や分散化の度合いは?
- 開発者サポート: ドキュメント、コミュニティ、開発ツールは充実しているか?
- エコシステムの活発さ: そのL2上で既に多くのプロジェクトが動いているか?
- インフラストラクチャ: ノードプロバイダー、エクスプローラー、オラクル、インデクサーなどの周辺インフラは整っているか?
- ツールと開発環境:
- 既存ツールの互換性: 使用中の開発フレームワーク、テストツール、フロントエンドライブラリが選択したL2に対応しているか?
- 学習コスト: 新しい言語や開発パラダイム(Cairoなど)の習得が必要か?
- デバッグ・監視機能: L2上でのデバッグやトランザクション追跡は容易か?
- 利用可能なサービス: ブリッジ、オラクル、インデクサーなどの必要なサービスがそのL2で利用可能か?
例えば、既存のEthereum dAppを最小限のコード変更でL2に移行し、高速なExitがそれほど重要でない場合は、EVM互換性の高いOptimistic Rollup(Arbitrum, Optimism)が有力な選択肢となります。一方、高い計算効率と即時性、強力なセキュリティ証明が求められる場合は、ZK Rollup(zkSync Era, StarkNet)が適している可能性がありますが、EVM非互換の場合は開発パラダイムの変更が必要になります。
まとめと今後の展望
Web3のスケーラビリティ問題は、レイヤー2ソリューションによって着実に解決されつつあります。Optimistic RollupsとZK Rollupsを中心に、様々な技術が進化し、多くのDAppsがL2へ移行することで、より多くのユーザーがブロックチェーン技術の恩恵を享受できるようになってきています。
レイヤー2開発には、L1とは異なる考慮事項や、L2固有のツール・インフラが必要となりますが、既存のWeb3開発エコシステムもL2対応を進めており、開発者の負担は軽減されつつあります。
技術リーダーやプロジェクトマネージャーにとって、プロジェクトの特性と要件を深く理解し、各レイヤー2ソリューションの技術的特性、セキュリティモデル、開発エコシステム、そしてコスト構造を比較検討することが、成功への鍵となります。今後もレイヤー2技術は進化し続け、Web3の普及をさらに加速させていくでしょう。適切なツールと戦略を選定し、レイヤー2を活用することで、革新的なWeb3アプリケーションを実現してください。